今日は最近話題になっている「自殺問題」について思うことを数点書きます。
最初に書いとくけど脈絡ない文章になるかもしれない。
まず、誰が悪いのか、です。
大人の中には「いじめられる方にも多少は原因があるかもしれない」って言う人もいますが、そんなの虐めるほうが悪いに決まってると俺は思います。
「父親母親」が悪いっていうけど、それでも荒れない人はいます。
父親母親に原因があろうといじめた本人が一番悪いのです。
当たり前のことを腐った価値観でああだこうだ言って盲目になってる人すごく多いと思います。まあ、主観的ではありますが。
「見てみぬ振りも悪い」ももう古いですよね。残念ながら。
今になっては見てみぬ不利が一番安全で利口な自己防衛の手段なんだから悪くはないのです。俺たち、人がそんな環境にしてしまいました。
手を下す奴が悪く、それ以外は現代では一概に悪いとは言えないのです。
今誰かをいじめてる人、もし読んでたら言っておく。
アンタは確実に悪いことをしています。
いじめることで誰かと騒いだりとか、それを介してじゃないと人と関われないって言うんなら人と関わるのなんてひとまずやめちまえ。と俺は思います。
誰かを悲しませるほどの力があるんなら誰かを幸せにするために使ってやってよ、と。
それがきっと一番いい使い方なのです。
強い力は弱い人を苦しませるためじゃなくて助けるためにあるんだってことに気づかなくちゃいけない。
気づいていない奴には気づいてるやつが教えなくちゃいけない。
それを怠ると自殺だの何だのと悲しい事件が頻発する。当たり前です。
いじめられてる人、
生きてるのが辛いですか。
当たり前ですよね。自分を認められないことほど酷なことはないです。
「死んだら辛さも感じられない」なんて言葉聞くとうんざりしますよね。
「死んでも何にもならない」って世界は言うけど、君にとっちゃ生きてても何にもなってないどころかむしろ辛いでしょう
俺は死にたくなるほどの辛さを味わったことがないから無責任に「自殺は絶対駄目だ」とは言わないし、言えません。
だから死にたければ、どうしても楽になりたければそれは人に与えられたひとつの選択肢なんだろうな、と思います。すごく残念な選択肢ではあるけれど。
でもさ、それでも、
俺は生きろとは言わない
死んだら駄目だとは言わないけど、
生きたいと願うなら俺は精一杯、全力で応援します。
主観的で自分勝手だけど、俺がそうしてほしいから。そんな、弱いから死ななければいけない世の中は嫌だから。間違ってるはずだから。
俺は死にたいと思ったことはないです。
それでも憂鬱な時期はありました。
なのに今、俺のまわりはとても温かいのです。
それは逃げ腰ながらも歩けたからです。
死ぬのは正直怖いでしょう
死にたいと思ったって、どうしようもないほど怖い。
それを越えるって事は それだけあなたは強いのではないでしょうか?
死ぬほどの覚悟があるなら、ひょっとしたら生きる覚悟ができるんじゃないですか?
別にダサくてもいいじゃないか
友達いなくたっていいし、勉強できなくても運動できなくてもいい。
ずーっとボーっとしてご飯食べるだけ食べて寝る生活でもいい。
休んだっていいじゃねえか。「自分が居なくたって同じ」だと思うんなら学校サボったっていいじゃねえか。
歩きたくなったときだけ歩けばいいのです。
無責任なことしか書けないけど
それでも、少なくとも俺は虐められてるからって、君をそんな目で見ないし、
学校サボる奴はダメな奴だなんて思わない。
あなたの存在を誰かが嘲笑っても俺は一緒になって貶したりなんてしません。
それが偽善と笑われようが、俺はその大切さと温かさを知っていますから。
俺が悪いって思うのは、
誰かの大切なもの、つまりは嬉しさとか楽しさ、
信念や友達、親、
そして命
そういうものを奪う人だけです。
こんな無責任な文章しかかけないけど
誰かが少しでも気づいて、そして誰かが少しでも楽になってくれたらなんて思います。甘いかな。苦笑
でもこんな甘さと奇麗事がいつか誰かを救うんだって俺は思います。願います。